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療コラム

MRI/CT検査・画像診断に関して、日常の診察や検査ご予約時にお役立ていただける医療情報をお届けします。

ミニチュア・ピンシャーの四肢不全麻痺

執筆:城北副センター長 小川 藍(獣医師)

今回はミニチュア・ピンシャーについてです。

 

小さいドーベルマンの印象ですが、ドーベルマンより歴史は長いそうです。非常に活発で運動量の多い犬種なので骨折や膝関節疾患の他に皮膚病やレッグ・ペルテスなどにもなりやすい印象です。

 

しかし、実際に当社でCT/MRI検査を行ったM・ピンシャーに特段偏った疾患はなく、様々な主訴で検査にいらしています。

 

ただ最近、立て続けにM・ピンシャーの頚部・水和髄核逸脱(以下HNPEhydrated nucleus pulposus extrusion過去コラムもご参照ください)に遭遇し、もしかすると本犬種に多いのではないかと思い立ち、過去2年間の頚部HNPE症例を振り返ってみることにしました。

近年MRIの普及や高スペック化により、以前より頚部HNPEを診断することが多くなりました。HNPEは急性の四肢不全麻痺〜麻痺を示しますが、椎間板ヘルニアと比較し痛みが少ない事や非軟骨異栄養犬種にもよく見られることが特徴です。

 

2022年に頸部と胸腰部のHNPEを比較した報告があり、胸腰部は通常の椎間板ヘルニアと同様に側方からの圧迫が多いこと、頸部に比べ痛みを訴える症例が多かったことが報告されています。

 

活発な本犬種が急に立てなくなると飼い主様も慌てて、直ぐに病院を受診されるのではないでしょうか。急性の四肢不全麻痺〜麻痺ですと、HNPEの他に椎間板ヘルニア、環軸椎関節亜脱臼、脊髄梗塞、脊髄炎(MUO:起源不明髄膜脳脊髄炎)などが鑑別に挙がります。

 

いずれもMRI検査で診断が可能ですが、HNPEは通常の椎間板ヘルニアと区別がつくのか?気になるところですよね。

 

HNPEの圧迫物質は性状によってわずかに異なりますが、多くはT2強調画像で高信号、T1強調画像で低〜等信号であり、大部分が脳脊髄液と同等な信号強度となります。

 

また、腹側から左右対称性に二葉状の圧迫が認められるのが特徴で、 ‘‘かもめ‘‘のような外観を有することから、‘’seagull sign‘’と呼ばれています。圧迫物質がこのような特徴を示している場合にはHNPEを強く疑います。

統計

2022年〜2023年の2年間、頚部痛や四肢不全麻痺〜麻痺など頚部疾患を疑って頚部MRI検査を行った犬は合計506頭でした。その中で椎間板ヘルニア(ハンセンⅠ型/Ⅱ型)と診断した症例が293頭(58%)と多くを占め、HNPEと診断した症例は41頭(8%)でした。

 

 

そしてHNPEと診断した症例の犬種内訳は以下の通りです。

予想に反してT・プードルが多くなりましたが、これはおそらく昨今人気犬種だからだと思います。

今回調べた中で頚部MRI検査を行ったT・プードルは80頭いたのに対してM・ピンシャーは18頭でしたので、HNPEの発症割合としては、T・プードルが14/80頭=17.5%M・ピンシャーが6/18頭=33.3%で、M・ピンシャーの方が倍近く多い結果でした。

 

自力起立が困難な患者さんが受診された場合、外科的治療が頭をよぎると思いますが、HNPEの場合、外科手術と保存療法が同等の治療効果であったという報告もあり、興味深い疾患です。また予後は脊髄障害の様子や圧迫程度によっても変わってきますので、治療選択には十分検討が必要です。

 

因みに圧迫物質は液状〜ゼラチン様ですので、外科手術の際には注意深く確認してみてください。

 

もしも急性の四肢不全麻痺を呈したM・ピンシャーが受診された時は、HNPEも念頭にぜひMRI検査をご依頼ください。椎間板ヘルニアか?HNPEか?脊髄梗塞か?はたまた脊髄腫瘍か?いずれにせよ脊髄の圧迫程度や実質の状況をMRIで評価することによって、治療方針・予後が大きく変わることは間違いなさそうです。

 

参考サイト:アニコム損害保険(株)『人気犬種ランキング2023』
https://www.anicom-sompo.co.jp/special/breed/dog_2023/

症例紹介

〈症例〉
M・ピンシャー 去勢雄 5歳 5.9kg

 

<主訴>
・急性の四肢不全麻痺
・発症から3日目にMRI検査を実施
・キャミック来場時は四肢不全麻痺、横臥位で自力起立不可であった

MR画像所見

C4-5椎間で腹側から顕著な脊髄圧迫所見

圧迫物質はHNPEを疑う信号:T2強調画像で高信号、T1強調画像で低信号、造影剤により辺縁のみ軽度増強あり

Seagull signではないですが、信号は脳脊髄液と同等の液体成分を示唆しています*

経過

MRI検査の翌日から活動性が上がり、起きあがろうとする。

内科治療にて、2週間後の通院時にはほぼ正常な歩様に改善した。