会員ログイン

療コラム

MRI/CT検査・画像診断に関して、日常の診察や検査ご予約時にお役立ていただける医療情報をお届けします。

フレンチ・ブルドッグの前庭障害について

執筆:画像診断本部 ひがし 東京副センター長 堀 治美(獣医師)

“フレブル”の愛称で親しまれているフレンチ・ブルドッグは、イギリス原産のオールド・イングリッシュ・ブルドッグが小型化され(ミニチュア・ブルドッグ)、さらに18世紀にフランスに渡りパグやテリアとの交配で生まれた犬種だそうです。コウモリの様な耳(bat ear)が特徴で、その昔アメリカの愛好家によって守られた経緯があります。

世界的にも人気が高く、2006年以降、日本では常にTOP10を維持しているようで、最近人気が出た犬種かと勝手に思っていたら、実は昭和初期にも数多く飼育されていたそうです。

フレンチ・ブルドッグはその可愛らしい外貌ゆえに、呼吸器の問題が多く報告されておりますが、他にも皮膚疾患や眼科疾患、神経疾患も多い犬種です。
今回はその中でも当社への依頼も多い『前庭症状』にフォーカスしました。

統計

身体の平衡を維持するためには、前庭器官だけでなく視覚、体性感覚、この3つの感覚器が協調して機能する必要があります(これが末梢の入力!)。3つの感覚器から入ってきた情報は小脳を介して脳幹・前庭神経核に入力され(中枢)、その後体幹や四肢、眼球周囲の筋肉といった末梢の運動器に出力され、バランスよく立ったり歩いたりすることができているのです。

 

前庭症状の原因は中枢性と末梢性に分かれます。中枢性では小脳や脳幹部の腫瘍/梗塞/MUO(起源不明髄膜脳脊髄炎)、末梢性では特発性前庭障害や中・内耳の炎症/腫瘍が代表的です。

前庭障害の代表的な症状には “眼振”、“捻転斜頸”、“旋回”があります。

 

2021〜2023年の3年間で“眼振”、“捻転斜頸”、“旋回”のいずれかを主訴に当社でMRI検査を行なったフレンチ・ブルドッグは合計79頭おり、その結果(内訳)は以下の通りでした。

 

他犬種も含めた前庭症状の原因で最も多いのは、M R I検査で明らかな異常がない=特発性前庭障害と診断するケースです。しかし、フレンチ・ブルドッグに限っては、M R I検査で異常が判明するケースがなんと約98%もいました。中でも中耳病変が確認された症例は75%とダントツ1位で、内耳への影響による前庭障害が懸念される結果となりました。

 

ちなみにチワワでは、前庭症状を示す97頭のうち、中耳・内耳病変があった症例は約6%しかいませんでしたので、フレンチ・ブルドッグに中耳病変が多いことが分かります。

 

 

次に多いのは神経膠腫8%で、フレンチ・ブルドッグで診断されることの多い脳腫瘍です(ちなみにチワワは1%)。

 

犬の中耳炎

犬の中耳炎には原発性と二次性があり、その多くが外耳炎より波及する二次性中耳炎です。ただフレンチ・ブルドッグに関しては、二次性中耳炎の他に真珠腫性中耳炎と診断されるケースもあります。

 

真珠腫性中耳炎とは、外耳由来の扁平上皮が何らかの理由で中耳腔内(鼓室)に引き込まれ、そこで産生された角化上皮落屑物(ケラチン)が堆積し、塊状となって鼓室が満たされていく病変です。

 

画像診断する際の特徴として、CT検査では、拡張する鼓室/増強の乏しい内容物/骨融解や骨増生などの骨変化が多いことが人や動物で報告されています。一方M R I検査では、動物でのまとまった報告はなく、当社では人の報告を参考に診断しております。

 

(画像:犬猫耳の病院 臼井先生より)

症例紹介

〈症例〉
フレンチ・ブルドッグ 9歳 去勢雄 14kg

 

<主訴>
右側の捻転斜頸と顔面神経麻痺

MR/CT画像所見

・ 右側の鼓室〜水平耳道は巨大腫瘤により占拠されています【桃矢頭】。一見すると腫瘍のようにも見えますが、内部の造影増強は乏しいことから否定的です。
・ CT画像では鼓室の拡大/蝸牛構造の消失を認めます(他断面では鼓室胞の破壊あり)。
(*上記所見は真珠腫のCT特徴に合致しています!)
・ 病変は非常に大きく、三叉神経/前庭蝸牛神経等にも影響を及ぼし、脳幹部も圧迫しています。

 

興味深いことに、この病変は拡散強調画像という撮像方法では拡散低下が示されています(他中耳炎では拡散低下しない=左側鼓室)。

 

人の報告では、中耳病変の拡散低下(拡散強調画像で高信号)は真珠腫の診断および術後の残存/再発などの検出に非常に有用とされており、一般的に診断に使用されています。今回の症例も拡散低下が示されたので、画像診断では真珠腫性中耳炎を一番に疑いました。

※拡散強調画像って?(以前のコラム参照

 

そして病理検査結果では、ケラチン物質主体の腫瘤であることが証明されました。
実はこの症例は再発症例で、2回目の手術前に当社で検査を行いました(1回目は別施設で検査)。真珠腫性中耳炎は再発例も少なくないため手術の際には十分なインフォームが必要かもしれません。

−比較的初期と思われる真珠腫性中耳炎を疑う症例−

画像診断では、鼓室の破壊がなくても拡散低下が示された場合には、真珠腫性中耳炎も鑑別リストに入れます。

フレンチ・ブルドッグの前庭障害では、かなり高い割合で病変が見つかることが分かりました。また神経膠腫の発生も多い犬種ですが、症状はけいれん発作だけではなく、前庭症状も起こりうるというのも、注意が必要だと感じました。

 

そして中耳炎の中でもやや特殊な真珠腫性中耳炎がフレンチ・ブルドッグに多くみられますが、現在、動物医療ではCT検査を行い鼓室に充満した病変と鼓室胞や周囲の骨破壊等を確認すること、オトスコープによる診断がメインとなります。ただし上述したように、人ではMRI検査での拡散強調画像による拡散低下の有無が診断の大きなポイント一つになっています。

 

今後、動物医療においてもMRI検査結果と病理検査のデータが集まれば、真珠腫性中耳炎の画像診断としてMRI検査での診断に有用となるのではないでしょうか。

 

真珠腫性中耳炎の初期では臨床症状を現さないことが多く、感染性中耳炎や内耳への影響が併発し、重篤になってから受診となるケースが多い様に感じます。

 

治療も外科的切除が基本ですが、今回ご紹介した症例のように再発も多く、また病変が周囲に拡大したケースではリスクも高まりますので、鼓室胞破壊のない、初期段階の小さな病変も検出できるようになることに期待したいと思います。

フレンチブルドックの他の記事を見る

フレンチ・ブルドック 去勢雄・8歳・14.78kg

フレンチブルドック 避妊雌・3歳・11.56kg

▽French Bulldog Life ▽

(当施設の取材記事)

【脳腫瘍の早期発見に繋げる】フレブルに「MRI脳ドック検査」という選択肢を。

【脳腫瘍の早期発見に繋げる】フレブルに「MRI脳ドック検査」という選択肢を。