医療コラム
MRI/CT検査・画像診断に関して、日常の診察や検査ご予約時にお役立ていただける医療情報をお届けします。
ラグドールの先天性生殖器異常と腎無形成
今回はラグドールについてお話しいたします。
ラグドールの原産国はアメリカで1960年代にペルシャとバーマンやバーミーズを掛けて産み出されたそうです。猫種名は、英語の「rag doll(ぬいぐるみ、布製の人形)」、リラックスすると人形のようにだらんとするという性質に由来しているそうです。抱っこされておとなしくなる〜という動画が世界中にあふれています。ふわふわの毛と青い目でかわいい猫ですよね。
ラグドールは分節性子宮形成不全/同側腎無形成や猫好酸球性硬化性線維増殖症の好発種として報告されています。また腎臓の異常があるのではないかと研究されていましたが、明らかにラグドールで多いという結論には至らなかった様です
統計
当社で2007年から2024年9月までにCT撮影したラグドールは60件、そのうち腹部撮影が38件で、主訴の内訳は生殖器疾患12例(雌:9例、雄:3例)、消化器疾患10例、泌尿器疾患4例、門脈体循環シャント3例、腫瘍性疾患:7例(リンパ腫等の臓器に関連しないもの)でした。他猫種と比較して生殖器疾患の占める割合が多かったです。
ちなみにMRI検査は約80件、FIPや原因不明の眼振、原因不明の進行性四肢障害が多い印象です。なかなか難しい神経症状が多いですね。
☆参考コラム:「意外と少ない?猫のCT/MRI検査」https://camic.jp/column/28_202310/
ラグドールの先天性生殖器異常と腎無形成
当社で検査を行った雌の生殖器疾患の依頼内容を見ると、
「避妊手術で片方の卵巣が見つからなくて、手術後発情兆候が発生したため精査したい」という同じ様な主訴でした(年齢は7ヶ月〜4歳齢と若齢)。
そこで今回はラグドールの先天性生殖器異常と腎無形成について、お話ししたいと思います(雄と雌の両方お話しします)。
愛玩動物の子宮異常は稀とされていますが、猫では犬に比べて約2倍(犬0.05%、猫0.09%)の発生率が報告されています。今回ご紹介する分節性子宮無形成症は、片側の子宮、子宮頸部、膣の一部が存在しない先天性異常です。しかし、同側の卵巣は正常に発達します。そのため、避妊手術時には子宮角が見つからず閉腹し、その後残存している卵巣により発情兆候が起こるという訳です。
この疾患の世界的な報告と同様に、当社でもラグドールの発生が多く、ラグドール8例、スコティッシュフォールド2例、ノルウェージャンフォレストキャット1例という内訳でした。論文上は右側での発生率が多いとなっていますが、当社に来場した患者さんでは右2例 左6例(他種は右2、左1例)と過去の報告とは異なっていました。
また、分節性子宮無形成症を含む子宮異常がある猫では、約30%で同側の腎無形成症があると報告されています。
当社でラグドールの子宮角欠損は11例診断していますが、10例が同側の腎無形成を伴っています。また残りの1頭も明らかな腎低形成が認められました。すごい確率です!
分節性子宮無形成症のラグドールの卵巣および子宮
(D’Arcy Dykeman. Segmental uterine aplasia and ipsilateral renal agenesis in a ragdoll cat. Can Vet J 2020;61:424–426より抜粋)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7074123/
上が正常(白矢印は子宮)
下の矢印は無形成の子宮角(平滑筋、コラーゲン、血管のみで子宮組織は欠けている)
さて、なぜ子宮はないのに卵巣はあるのか?ということを少しだけ。
腎臓・尿管・生殖器は同じ中胚葉由来です。
腎臓は、前腎→中腎→後腎の3️段階を経て形成されますが、前/中腎は発生過程で退行し、後腎が腎臓になります。
卵巣/精巣は、中腎の内側にある生殖堤という未分化性腺から分化します。
子宮や精管は、中腎から発生しますが、染色体と先に分化した精巣から出る物質により、雌雄で異なる分化をします。
つまり、分節性子宮無形成症の場合、発生上関連のある子宮と腎臓は共に正常に形成されませんが、発生起源が異なる卵巣は形成されるという事です。
2024年10月時点では原因遺伝子の特定には至っておりませんが、ミズーリ大学で遺伝子解析が行われていますので、興味のある方はぜひ!(DNAサンプルと血統書が必要)
https://cvm.missouri.edu/research/feline-genetics-and-comparative-medicine-laboratory/feline-research-projects/ragdoll-uterus-kidney-project/
ラグドールの片側精巣無形成および同側の腎臓無形成
続いて雄のお話をします。2023年にラグドールの片側精巣無形成および同側の腎臓無形成の報告があります。初め両側潜在精巣を疑っていましたが、腹腔内探査しても右精巣と右腎が見つからなかったそうです。CTを行なっていませんので、精巣低形成の確認はできていませんが、生殖管が欠損している側の腎臓が無形成である点は雌と類似しています。
当社では猫の潜在精巣症例は32例、雑種7例、スコティッシュフォールド5例、ラグドール/マンチカンが3例ずつ、ヒマラヤン/ペルシャ/ミヌエットが2例ずつ、チンチラ/ロシアンブルー/エキゾチックショートヘアー/ノルウェージャンフォレストキャット/アメリカンショートヘアー/サイベリアン/アビシニアン/ジェネッタが1例ずつ、と最近の猫人気で様々な種類が増えたためか猫種は様々です。しかし、この中で潜在精巣に伴い腎臓無形成が確認されたのはラグドールの2例のみでした。
猫の潜在精巣は腹腔外にあることが多いですが、この2例は共に腹腔内の潜在精巣であり、もちろん無形成は同側腎です。
2012/2013年、ラグドールが優位に腎臓異常を有している可能性は低いとなりましたが、多嚢胞腎や慢性間質性腎炎、腎形成不全などの報告でよく見かける猫種であることは間違いありません。腎臓が一つしか無い事は、若いラグドールにとって重要な情報ですね。
症例紹介(1)
分節性子宮形成不全/同側腎無形成
〈症例〉
ラグドール 雌 7ヶ月 3.48kg
<主訴>
1ヶ月前に避妊手術を実施したところ左子宮角、卵巣が確認できず右側のみ実施した。
レントゲンで左腎がないとのことで精査のため来場された。
レントゲン
左側腎臓陰影は認められなかった。
CT画像所見
左側後腹腔膜に8.3×3.8×9.0mm(体軸×高さ×横軸)、形態不整で不均一な増強効果を示す孤立性の結節が認められた。各結節尾側には筋状の構造物が膀胱付近まで連続し未熟な子宮などが疑われた。
同側の左側腎臓/尿管の構造は確認できなかった。
症例紹介(2)
片側精巣無形成/同側腎無形成
〈症例〉
ラグドール 雄 7ヶ月 4.6kg
<主訴>
片側の潜在精巣があり、右側腎臓が見つからずどこに存在しているか確認のため来場された
レントゲン
右側腎臓陰影は確認できない。
CT画像所見
右側後腹膜に14.5×8.3×5.0mm(体軸×横幅×高さ)の結節があり、蔓状静脈叢〜精巣静脈と思われる細い血管(径0.8mm)との連続性があることから右側の潜在精巣が疑われた。
右側の腎臓/腎静脈/尿管と思われる構造は確認できなかった。
左側腎臓は径50mmでL2比2.8とやや腫大し代償性変化の可能性が疑われた。
もしラグドールの避妊手術の際、子宮角が見つからないと焦った時、この話を思い出していただけるととても嬉しいです。
そして、腎臓のあるべき周辺を探してみてください。
またラグドールの腹部レントゲンを見たならば、ぜひ腎臓が2つあることを確認してください。当たり前にあるものほど、ないとは気づかないものですから。